自転車操業物語 プロフィール
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  第25話    「パフの出直し」    
1998年12月末。

怒涛のごとく過ぎ去った、パフの創業1年目の年が終ろうとしていた。
いろんなことがあった。

試行錯誤、挑戦と失敗の繰り返し…。

こう書くとカッコよく聞こえるかもしれないが、そんなキレイごとでは済まさ
れないことだらけだった。

この頃のパフは(今だから言えるが)、満身創痍だった。

資金の枯渇は、すぐ目の前に迫っていた。

営業をこの半年、泥にまみれになって、ボクと一緒にやってくれたTさんがパ
フを去っていった(追いやったのはボクだ)。

さらに、パフのシステムを支えてきてくれたO君も去ることになった。
インターンシップをやってくれていた2名の学生も去っていった。
出向していたKさんも自分の会社に戻っていった。

それまで賑やかだった事務所が、いっぺんに静かになった。

年の瀬の深夜、ボクはひとり事務所で、自問自答していた。


  誰もいなくなった今、どうやってパフを再建していこう…。
  いったいぜんたい、パフは生き残っていけるのか?


目の前が真っ暗な状態だった。
しかし、ふとした瞬間に、もうひとりの自分の声が聞こえてきた。


  誰もいない?……いや、いるぞ!!

  パフの会員学生だ。

  すでに1万人近い学生がパフに会員登録しているじゃないか!

  パフのことを信じて協賛してくれた企業の方々もいるぞ!

  そして、パフの事業成立を信じて出資してくれた大勢の株主さん。

  オマエがここで弱気になってどうする。
  パフを信じてくれた学生、企業、株主に、オマエは恥ずかしくないのか?


パソコンを立ち上げ、「パフの就職応援ページ」の「パフの就職相談室」を
開いてみた。

学生からの、たくさんの「相談ごと」が書き込まれていた。

将来に向けた、悩み、不安、焦り、疑問…。

実に様々な学生の「生」の叫びが、そこにはあった。

考えてみれば、パフは学生の視点に立った就職情報ビジネスを行う企業のは
ずだったじゃないか。


  もう一度、がんばってみよう。
  なーに。まだまだやれるさ。
  資金調達も、決算が終れば、少しならなんとかなるかもしれない。


だんだんと力がよみがえってきた。

そして、年が明けた。

1999年1月。

パフ創業2年目の幕開けだ。

ボクは、ある計画を着々と進めていた。

(ある計画って?…つづく)

 
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