自転車操業物語 プロフィール
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  第24話    「全戦全敗。売上げゼロの日々。そして苦渋の決断」    
1998年11月。

劇的な“営業成績急上昇”を夢見て受講した、寺さんの営業研修。
受講した、Kさん、Tさんは、自身の成績不振から一刻も早く立ち直りたかっ
たに違いない。

しかし、研修を受けたからといって、すぐに目に見える効果が現れるはずなど
なかった。

9月下旬以降、受注、売上げともにゼロの日々が続いていた。
わずかに、以前からボクが個人的に付き合いのあった会社から、細々とした受
注をいただくのみであった。

KさんとTさんの沈んだ表情で、社内の空気は完全に淀んでいた。

ただ、KさんとTさんでは、パフに対する思い入れに、かなりの温度差があっ
た。

Kさんは、O社から「助っ人営業マン」として出向してきていた若手の人材、
独身である。

対してTさんは、有名メーカーの人事部から一念発起して、パフでのサクセス
ストーリーを夢見て入社してきていた。当時35歳、既婚、2人のお子さんが
いた。

若手のKさんは、売れないことの原因を自身ではなく、パフの商品力の無さや
実績の無さに求めようとしていた。(それはそれで真実であったのだが…)

対して元メーカー人事部のTさんは、自身の営業経験の無さや適性の無さに、
売れない原因を置こうとしていた。つまり自分が悪い…と思っていた。

そのことが逆にボクにはとても痛々しく感じられて、毎日毎日、電話でアポも
取れずに佇んでいるTさんの姿を見るのが、とても辛かった。

このことは、インターンシップとして働いていた2人の大学4年生にも、当然
悪い影響を与えた。

結局、11月末、2名のインターンシップ、OS君とN君は辞めていった。

OS君もN君も、辞める間際まで、とても頑張ってくれた好青年である。
ただ、何ともいえぬ、ギリギリの状態にあった会社のプレッシャー、雰囲気に
抗うことができなかったのだ。

安い人件費で懸命に働いてくれる人材が辞めていくことは、経営者としては痛
手であったが、ボクには彼らを引き止めることができなかった。

そしてこの時、会社には別の切実な危機が訪れていた。

売上げが上がらない状況が1月まで続くと、資金がショートしてしまうことが
確実になっていたのだ。

つまり、パフの社員やSEや協力してくれるデザイン会社に、給料や開発費、
制作費を支払うことができなくなってしまうのだ。

ボクは悩んでいた。

当時、最も人件費の高かった、Tさんの処遇についてである。

Tさんには、当時のパフの商品を売る営業力がなかった。
しかし、そのことをTさんの能力不足のせいにすることが、あまりに酷である
ことは、ボク自身、よーく承知していた。

とはいえ、営業マンであるTさんが、売上げゼロの状態を続ける以上、会社に
籍を置いてもらうことは難しかった。

12月初旬のある夜。ひとり事務所に残っていたTさんに、ボクは意を決して
言った。


釘 : 「Tさん。パフはボクの会社じゃないんです。たくさんの株主から経営を預
    かっている会社なんです。同時に、パフを信じてパフの商品を買ってくだ
    さったお客様もいます。
    だから、ボクは会社を潰すわけにはいかないんです。
    Tさん。もし12月もTさんの売上げがゼロのようであれば、もはやTさ
    んに給料を払うことができません」

T  : 「……」

釘 : 「Tさんが、それでも構わなければ、死に物狂いで営業を続けてください。
    でも、できないのであれば…」

T  : 「社長、申し訳ありません…」

釘 : 「Tさん。Tさんはまだ35歳です。転職活動は、十分可能な年齢です。
    12月は、会社に来なくても構いませんから、ご自身の転職活動を行って
    ください。給料は12月分まで普通どおり支払います」

釘 : 「それと、これは会社都合の退職です。12月に退職しても、1月からすぐ
    に失業手当が支払われます。
    すぐに転職ができなかったとしても、生活に支障は出ないと思います」

Tさんの目からは、涙があふれ出ていた。

ボクのことを、パフのことを信じて、それまでの有名メーカーを辞めて、パフ
に転職してきたTさんだった。

そのボクから、引導を渡されたのだ。
さぞかし無念であったろう。

ボクにとっても苦渋の決断だった。辛くて辛くてしょうがなかった。

しかし、一時的な同情で結論を先延ばしにすることは、かえってTさんの人生
を狂わす結果になるだろうと思った。
もちろん、パフという会社を、Tさんと心中させる訳にはいかなかった。

Tさんを先に帰し、一人残った深夜の事務所で、ボクも泣いていた。

(…つづく)

 
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