釘さんの100の出会い プロフィール
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  <第101話> 「創業2年目のインターンシップたち」   2006/11/27  
 
1999年。ノストラダムスが「人類の滅亡」を予言していた年。創業2年目 のパフには、誰も社員がいなかった。というよりも、誰も雇う余裕がなかった。 「人類の滅亡」ほど深刻ではないはずなのだが、「パフの滅亡」は現実味があ るぶん、僕にとっては深刻な問題だった。

座して死を待つよりも、やれるだけのことをやってみようと、大胆な悪あがき を行うことにした。

大胆な悪あがきとは?

− それは、営業マンの大量採用だった。

ちょっと待て。雇う余裕などないはずだったのでは?

− 完全無給。インターンシップ学生の採用だった。

創業一年目にも、インターンシップに働いてもらっていたことはあったが、い ずれも(安いながらも)報酬を支払っていた。

しかし、今回はまったくの無給である。成果(売上)があがったときに、報奨 金を払う約束はあったが、それ以外は本当にまったくの無給。実に虫のいい条 件ではあるが、なぜか多数の応募があった。

何人かは、あまりの条件の劣悪さに辞退していったが、それでも十分すぎるく らいの学生が残った。その数、なんと7名。大学4年生が6名、大学3年生が 1名。女性1名、男性6名。

7月中旬から9月中旬にかけての夏休みの2ヶ月間が勤務期間だったのだが、 まことに暑苦しいメンバーたちだった。

当時、パフの事務所には机が6つしかなかった。うち1つは、経理事務を行う ための机だったので、全員が出社すると、2名は座れない。立ったまま仕事を しなければならなかった。

かてて加えて、パフの事務所は空調が効かなかった。オンボロクーラーがある にはあるが、この暑苦しいメンバーが全員揃うと、クーラーの風は熱風のよう だった。皆、団扇を片手に仕事をしていた。

インターンシップの学生は、社会人としてのマナーも躾も、何の教育も受けて いない連中である。日々、問題ばかりを起こしていた。毎日毎日、僕は怒りま くっていた。怒鳴り声をあげない日は、一日としてなかったのではないだろう か。

本気で怒る反面、よく焼肉を食べに連れて行った。給料を払っていない後ろめ たさもあり、「今夜は食べ放題だ。食え食え!」と、気前よさを装ったりして いたのだが、内心ハラハラしながら、上カルビの皿が積み重ねられていくのを 眺めていた。

若い連中なので、飲みだすと際限がない。急性アルコール中毒で病院に担ぎ込 まれた奴もいた。幸いにも事なきを得たが、このときばかりは、本当に「パフ 滅亡」を覚悟した。

いまでもたまに、このときのインターンシップの連中から連絡をもらうことが ある。すでに社会人7年生。皆、会社の中堅クラスである。

某大手証券会社に入ったU杉という男がいる(急性アルコール中毒で病院に担 ぎ込まれた奴だ)。U杉は、100名以上いる同期の中でもトップの成績だと いう。その成績が認められ、昨年課長になった。最近、彼と一緒に飲む機会が あったのだが、そのとき嬉しいことを言ってくれた。

「いまの僕があるのは、あのとき、パフでインターンシップをやっていたから です。あのとき徹底的に、営業の基本的な考え方や、社会人として大切なこと を教え込まれました。毎日大変だったけど、とても楽しかったです。焼肉も美 味しかったし。救急車にも乗れたし(苦笑)」

U杉たちインターンシップのおかげで「売上が大きく伸びた」ということは残 念ながらなかったのだが、少なくとも、滅亡しかけていたパフに、大きな活力 を与えてくれたのは間違いない。

そして僕が翌年から「やっぱり新卒者を正社員として採用しよう!」と決意し たのは、この年のインターンシップと過ごした夏の経験が、苦しくも楽しかっ たからだ。

ということで68番目の出会い。1999年の、7名のインターンシップたち。 たった2ヶ月だけだったが、ともに暑く熱い夏を過ごした仲間達だ。
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