自転車操業物語 プロフィール
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  第38話    「インターンシップをたくさん雇っちゃえ!」    
1999年6月。

そろそろ次年度に向けた、営業活動を開始しなければいけない季節になって
いた。
ちなみに我が就職情報業界の一年は、おおむね次のようになっている。

▼1月〜3月:
学生が就職サイトを利用するピークの時期。サイト運営には最新の注意を
払いつつも、お客様である求人企業から引き受けた採用プランを実行する
季節。

▼4月〜6月:
各社の採用も終盤戦となり、今年の就職−採用戦線がどのようなものであ
ったかを振り返る。また、次年度の就職サイトを始めとする商品企画・構成
を、どのようなものにするか決定する時期でもある。

▼7月〜9月:
次年度の営業。ひたすら営業。今日も営業、明日も営業。営業あるのみ。
この3ヶ月に、1年分の食い扶持を稼ぎ出す、と言っても過言ではない。

▼10月〜12月
就職サイトオープン。個別の企業から受注した制作物(会社案内やHP)
を作成。編集・制作部門は、下へ上への大騒ぎ。

という感じである。


パフも小さい会社とはいえ、仕事の流れは同じである。
これらの仕事を、キチッとこなしてこそ、一人前の業界企業である。

開発や制作については、強力な外部スタッフがいたので安心できた。
しかし、売上げをあげるべき営業スタッフが、誰もいなかったのだ。

にもかかわらず時は6月。
なんとしてでも、営業マンを見つけなければならなかった。
しかも、給料を払うお金がないので、できるだけ人件費のかからないような
人材が望ましかった。

「よし。ここは学生だ。今まで“うまれよ塾”に来た学生を中心としてイン
ターンシップスタッフを募集しよう」。

そう思い立った僕は、過去に“うまれよ塾”に参加した学生や、ETICという
インターンシップ斡旋のNPOに登録している学生の中から、「営業」の仕
事が出来そうな学生を募っていった。

結果的に大学4年生を中心に、以下の9名のメンバーが集まった。

・杉山 (早稲田)
・森    (千葉大)
・野口 (東洋)
・山村 (筑波)
・上原 (津田塾) ※唯一の女性
・関屋 (一橋)
・植杉 (中央) ※唯一の3年生
・A君 (早稲田)
・B君 (早稲田)
 (A君、B君は、不覚にも名前を忘れてしまいました、ゴメン!)

当時のパフの事務所には空いている机は4つしかなかった。
しかし、インターンシップは9名である。
全員が出社した場合、2人でひとつの机を共有してもらい、1人は立って
仕事をしてもらうという、すごい状況だった。

彼らの待遇は、交通費のみ支給。給与はなし。契約を取った場合のみ利益
の10%程度をインセンティブとして支給する、といった決まりだった。
(結果的に、この決まりがモラルダウンを引き起こすのだが……)

ともあれ、若い連中が入り乱れるパフ2年目の熱い夏がやってきた。

(なんかとんでもないことになりそう…つづく)

 
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