どうも、大岡です。
毎度毎度の丈流くん近況ですが、これを書いている今、絶賛風邪っぴき中です。というか実は家族全員やられてまして、ずっと誰かがゴホゴホと咳をしているような、そんな大岡家です。先日は胃腸炎で全滅と家庭内の感染は止まらんので、ホント健康は大事だなと痛感しております。
成長ぶりで言うと、家事をするときなどに入っていてもらうサークルの壁を一人で乗り越えるようになってしまい、サークルがサークルの意味をなさなくなりました。
部屋を縦横無尽に歩き回り、椅子を経由してテーブルに上る。そして、ありとあらゆるものを回す、というのが習慣になっています。一番大きくてお気に入りはバランスボード。全然使っていないので再利用してくれてありがたい。
意味のある言葉はしゃべりそうでしゃべりませんねー。
保育園は第7希望だったけど無事決まり、4月からはまた違うモードの生活が始まりますので楽しみでもあり、不安でもあり。
さて、わざわざブログの順番を変わってもらってまで三月の頭に投稿するのには訳がありまして。
私がパフに入社したのは2016年3月1日。
そうです。おかげさまで在籍丸10年となりました!
吉川とか25年越えだし、中途でもコバヤンとか理恵ちゃんとかまみじさんとかまりこさんとか、先輩もたくさんいるので10年パフにいること自体は珍しくないんですが、大岡の人生的にはめちゃくちゃ快挙だと思っています。
「演劇が続けられること」という舐めた軸で最初に入った会社は、本当にたまたま、めちゃくちゃ面白い人材が揃う魅力的な会社だったんですが、バブルがはじけておかしくなり、「芝居に打ち込んでみたい!」という薄っぺらい理由で4年で辞めました。
フリーターと派遣社員を2年経験するも、たいして芝居に集中するわけでもなく、「戻ってこい」の誘いにホイホイついて戻った古巣は社名が変わり、ネット中心にビジネスに切り替わろうとしていて、人もだいぶ入れ替わって雰囲気が違うものになっていました。
親会社がコロコロ変わり、事業部ごと売られ×2、事業部ごと独立し、という業界再編の波にもまれまくり。当時の仲間と同じ船には乗っていましたが、船頭である経営が変われば会社は全く別物になります。なのでどの会社も2~4年が関の山。
人として絶対に相容れない役員が幅を利かせるようになって本気の転職を考えていたところに新卒同期に誘われてまたもホイホイついていった先はオフィスに監視カメラが設置されているような性悪説万歳の会社(誘ってくれた同期はめっちゃ面倒見てくれました)で、そこを半年で辞めてパフに拾ってもらう、というのが私の社会人半生です。
なのに、10年。長かったか短かったかで言えば感覚としては短いなと思います。
というのも、入社当初のことを鮮明に思い出せるのです。
初日にやさしく社内ルールを教えてくれた木村さんの笑顔も、冗談半分で実家に遊びに来いと誘ったら本当に来ちゃった内定者石上の姿も、風が強くて大声で電話で話していたら自分が怒られてると勘違いして号泣していた阿久根の声も、入社当初生意気だったから注意するつもりで初めて飲みに誘った店の里見のちょっと緊張した顔も、痛風の痛みをこらえて大阪で面接したときの山下の余裕な態度も、全部、昨日のことのようです。
隣の部屋に何をしに行ったか、レベルでなく、PCのフォルダを開けたら直前に何の作業をしていたか忘れる私なので、記憶力がすごいわけではありません。
それだけここでの日々が自分にとって印象深く、かけがえのないものであるということなのでしょう。
ちなみに。
今は執行役員なんて偉そうな役職をいただき、お客様に対しても採用のあらゆる範囲をわかっているような顔でアドバイスをさせていただいておりますが、10年前は採用広報制作物のことしかわからない、さらには日々、コンペの勝ち負けばかりにこだわるイチ営業担当でしかありませんでした。企業の採用成功なんて言葉、使ったこともありません。役職も名ばかり課長級。マネジメントなど学んだこともありません。
上から降りてくる指示に納得がいかないと噛みつき、上を無視して独自の方針でチームをまとめる(結果、当時のチームは今でもとても仲良し)。それはそれは扱いづらい社員だったことでしょう(笑)。
当然、自分の市場価値なんて無いに等しいと思っていました。
そんな自分が採用広報のプロと紹介されてパフに入社し、当時あまり力を入れていなかった広報制作物関連を再度事業として成立させる役割を担う・・と思っていたら全然違いました。
もちろん、それはそれでミッションとしてあるのですが、「そんなものは片手間でやってください」(と、言われたわけではない)。当時は平原が育休だったこともあり、とにかく営業力が不足しており、吉川と田代と木村さんが悲壮な顔をして「一人●千万円の数字を作らねば」みたいな話をしているのを聞いたらとにもかくにも売り上げを作らないと始まらんじゃないか、と。
もちろん、営業をやるつもりではいましたが、採用広報以外は素人です。商材を丁寧に教えてくれる文化は昔も今もありません(笑)
本当にたまたまですが保坂に手伝ってもらいつつ、初めて作った総合提案書が通り、採用広報以外にも人材要件定義や選考プロセスの設計、インターンや説明会の設計など1社からこれまで携わったことのないお仕事をたくさんいただきました。
納品は保坂と田代が中心でしたが、ここで初めて企業の新卒採用に最初から最後まで関わり、おかげでパフのソリューションのイメージが鮮明になった気がします。
採用成功としても当初目標を上回る成果が出ました。多様なご支援ゆえに、前職までではあり得ないくらいの頻度でお会いしているからもありますが、会社ぐるみでめちゃくちゃ仲良くなって、一枚岩の現場で本当に充実した仕事ができました。
採用ツール制作だけの付き合いでは決して味わえなかった達成感。周りにはどう見えていたかわかりませんが、そんな仕事、これが初めてだったんです。
以降、今では定番のブランディングプロセスを商品化するきっかけになった仕事とか、他社の調査が不満で始めた採用力調査の立ち上げとか、もともと仲良しの部長からあれもこれも頼っていただいてあり得ない金額になったお取引とか、オンライン化をきっかけにお取引の幅がめちゃくちゃ広がったお客様とか、記憶に残る仕事がこの10年たくさんあります。
パフに入り、様々な経験を積ませてもらった結果として、曲がりなりにも採用コンサルとして認めていただいています。市場価値ゼロだと思っていたのに、なんなら独立してもギリギリ食ってはいけるんじゃないか?くらいの自信はつきました。
けど、これはパフに入ったから。
全部、パフの10年で育ててもらったんです。
そして、様々な経験を積ませてもらう傍らにはいつも仲間がいました。
いつも笑顔だけど、その奥に何かあったら全部自分が引き受ける覚悟を持った吉川
すぐれた洞察力で、時に鋭く、時に広い視点で示唆をくれる保坂
圧倒的なアウトプットを出しつつ、仲間にもストイックに向き合い続ける田代
現状に絶対とどまらない成長意欲とアンテナの高さでどんどんバージョンアップする平原
敵を作らない雰囲気と寄り添い力で誰よりお客様の近くにいる木村さん
とんでもない先回り力と包容力でダメ出しの一つもさせてくれない清水真理
どこまでもまっすぐに向き合い、圧倒的に丁寧な仕事をする横山
後から入った後輩たちや普段かかわりの少ないメンバーも含めて、どれも自分とは違う、素直に尊敬できる凄さをもっている。
そして凄いだけでなくそれぞれクセが強くて面白い。
そんな仲間たちの仕事ぶりに日々刺激を受け、自分との違いから学びを得て、それらが血肉となって今の自分を作ってくれました。
そしてこの面白く、愛すべき仲間のために頑張りたいという想いが自分を衝き動かし、動き続けてきたことが成長につながっているのだと思います。
保坂が「いつだって成長できるよ!」と半笑いでよく言いますが、本当ですね。
もう、次の10年を語る年ではなくなってしまったのだけど、ここに居続ける限りは何かしらにチャレンジして、振り返れるものを作り続けていきたいなと思います。
そして、このタイミングでパフが掲げる事業コンセプトを「顔の見える就職と採用」から「Work in Life」に転換しました。
※詳しくは先週の吉川ブログをご参照ください。
「顔の見える就職と採用」の、その先へ──職サークルのコンセプト位置づけを見直した理由(長文) | よいさいよう:株式会社パフ
自分自身、この会社に来る前はワークライフバランスの権化のような人間だったので、40半ばすぎてからでも仕事を生活に当たり前に取り込む感覚は手に入れられるのだという体現者でもあります。
だからこそ、強く強く、この考え方は皆に伝えていきたいなと思っています。
これがここから世の中に大きく広がった後に、「あれはちょうど俺が入社して丸10年経ったタイミングだったなあ」と振り返れる日が来るように、これからも(もう結構です。と言われるまでは)頑張ります!
あらためて、よろしくお願いします。