みなさん、こんにちは。パフの笠原です。
先日体調を崩してしまい、しかも風邪をだいぶこじらせて、ちょっと仕事してはぶり返して早退しを何度か繰り返して、ようやく治りました。
何が原因かなと思っていたら、1月結構ハードしていたなと。
高校の友人を訪ねて博多に行ったり。
(その話は
友人のブログを良ければ読んでみてください)
シモキタカレッジの大学生が主催してくれた富山ツアーに参加したり。
(こちらも
その大学生がブログにまとめてくれています)
そら疲れるわ。
ただどちらもめちゃくちゃ楽しかったです。
高校時代にありとあらゆる苦難を共にした友人たちとの旅行は、「あれ?このメンバーで旅行したことなかったっけ?」と不思議なくらいいつも通りで、何も変わらない楽しさをかみしめていました。
(なぜかわからないのですが、私は鈴懸の激うまパフェをかみしめているときになぞの幸福感に襲われました。鈴懸恐るべし。)
富山ツアーは、ただの観光ではなく、市役所の人と話す機会を作ってくれたり、富山大学の学生が住む学生寮とのコミュニケーションランチを企画してくれたり、地域の人と関わる場を設定してくれていたこともあってとっても面白かったです。
(それはそれとして富山の魚がうますぎた)
そんなこんなをしていたら?がっつり風邪をひいたわけですが、ようやく本題で、父の話です。
まあ、実家に帰って本棚を漁っていたらたまたま父が買ったと思われるビジネス書が出てきました。
今更の前置きにはなるのですが、父は大手企業に勤める典型的サラリーマンで、私が大学2年生の時に赴任先の北海道で急性心不全で倒れまして、そのまま帰らぬ人となりました。
いわゆるピンピンコロリ系だったわけなので、当時は辛かったですが、認知症や介護のことを考えるとPPKだったのは父自身にとってはよかったのではないかと勝手に納得しています。
とはいえ、就活のタイミングで相談できる人が身近なサラリーマンがいなかった(いなくなった)のは、なんだかつらかった記憶があります。まあそうは言っても高校生くらいから私は国際系の高校に通いだして、お菓子作りやらダンスやら初めてしまって、長野の田舎育ちの父からしたらハイカラな宇宙人みたいに見えていたに違いません。実際将来の話を相談しても「はやとはブロンドの外国人と結婚するんだろう」などと大した答えは返ってきませんでした。
そんなこんなで
大学在籍中はダンサーになってしまい、挙句就活のタイミングは「夏インターンで大手に落とされてむかついたから」とふざけた理由で大手は一切受けず、ミュージカル俳優の養成所に通いながら就活をした結果、パフに入ってしまいました。
ただまあ、それなりに理由はあって、
・知名度で主役が決まってしまう舞台業界に疑問を抱き、もしパフみたいな知名度がない会社で営業(何かを売ること)ができればつまり、自分が価値のあると思ったものの価値を他者に伝えられるようになるんじゃないか
・自分はより多くの人を幸せにしたいが、ミュージカルでは一度に観てもらえる観客の数には限界があるし、そもそも1枚1万円もするチケットを買える人よりもっと幸せにしたい対象がいるのではないか。むしろ新卒採用のコンサルティングとして関わればより多くの若者(単純に若者のほうが寿命が長い為、間接的に多くの人に影響がある)に良い影響を与えられるのではないか(パフそのものが、顔の見える就職と採用という学生目線のサービスコンセプトを掲げていたことも相まっています。)
・30名程度の小さい会社だからこそ、変な人がいないし、理不尽に悩まされないんじゃないか
というちゃんとした(?)理由で入社を決意しました。
しかし結局のところ、「本当は相談できる相手がいたはずなのにいなくなってしまった」という喪失感を完全には拭いきれないまま、5年目になってしまいました。
もう27歳だぞ。
昔読んでいた本の中にいた年上の登場人物が年下になり、自分と同い年の市長が誕生したり、知り合いが国会議員に当選したり、ミュージカルで活躍していたり、何をやっているんだ自分は、と辟易してきます。
そんなやり場のない焦りを抱えながら、仕事をしていたら病みました。(11月ごろ)
※もちろん原因はいろいろあります。焦りだけで病んでたら仕事にならないですからね。
すでに元気になって復帰しているわけですが、まあもう病みたくないです笑
ここでようやく父の買っていた本が出てきます。
その本がこれ
Amazon.co.jp: 世界のエリートは大事にしないが、普通の人にはそこそこ役立つビジネス書 : 林 雄司: 本
なぜだ、なぜ父はこんな俗っぽいビジネス書を買ったんだ。
Amazonの紹介文はこんな内容です。
・なるべくラクして仕事したい!
・プレゼンを適当に乗り切りたい!
・催促するのは気が重い!
・ネットで炎上したくない!
⇒そんなすべての会社員におくる77の裏技メソッド!
・社内より社外での評価をあげる
・相談はメールでもいいが、文句は直接言う
・プレゼンでは資料に突っ込む
・催促メールはしれっと書く
・会議はお菓子を食べながらやる ほか
ちなみに、この本を実家の本棚から手に取ったのはほんの先週の話なので、とっくに病みからは復帰していましたので、この本がきっかけで復活したわけではないです。
しかしなぜ父はこんな本を買っていたんでしょうか?
父ももしかしたら似たように少し真面目に働きすぎて疲れていたのか、それとも将来息子が仕事に疲れてしまう日を予見して買っておいたのか、真意はわかりませんが、今こうして息子が手にとって読んでいます。
書いてあることはざっくり3つで
・手を抜けるところは手を抜け
・それっぽくすることも大事
・楽しいと思うことをしろ
というシンプルな教えが、ネット黎明期のWEB編集者だった著者によって面白おかしく説かれています。
俗っぽいと言っておきながら、爆笑しながら一気読みしてしまいました。
結局笑いのツボが遺伝しているだけかもしれません。
ただ同時によぎったのは、もしかしたら働くことを神格化しすぎているかもしれないな、ということです。
まあ、これは人材業界にいたり、サラリーマンをしていたりするとしょうがないことかもしれませんが、とにかく働くことが神格化されます。
なぜ働くのか
自分にとって働くことがいかに素晴らしいか
働くことが自分にどんな価値をもたらしてくれるか
もちろんこれらは一理あるし、目の前にある仕事を前向きに取り組むためには必要不可欠なことです。でもうがった見方をするのであれば、経営者が自社の従業員がより効果的に、効率的に働かせるためのある意味宗教でもあると思うわけです。(この教えが善意で作られたものか、利己的判断で作られたものかという観点はいったんわきに置きます。)
そして地味につらいのが、教えからの抜け穴を見つける方法が教典には載っていないことです。
だってわざわざ会社の研修で、「たまにはさぼれ」なんて言ってくれるものはないわけですが(そもそもさぼれと言ってあげたほうが良い人とそうでない人がいるでしょうし)、意外とうまいことさぼっている人はいるし、一昔前の営業なんて、外回りの途中にパチ屋に行っていたとか(ほんとか?)。
兎にも角にも、働くことをあんまり貴びすぎると、働くことが上手くいかなくなった時に、自分で自分を罰し始めてしまうのではないかと思うわけです。
これではあまりに本末転倒というか、前向きに働くために入信したのに、結局病むという。
これは決して、まじめに働くな!と言いたわけではなく、バランスの問題だと思っています。それらしい理由がある方が働いていて楽しいし、時には息抜きもあって、そのバランスのブレンド比が人によって違ったり、働いていく中で変わっていったりするものだと思います。
今回たまたま父が残していった(残しちゃった?)本は息抜き成分多めだったわけですが、自分は結構
まじめにふまじめするのが性に合っているのだと思います。
今パフではWork in Lifeという考え方を掲げています。
これは顔の見える就職と採用の先にあるゴールとして掲げたものです。
ワークライフバランスと言って働くことと、自身の人生を切り分けてしまうような考え方ではなく、働くこと自体も、自身の人生の一部(自己実現のための手段のひとつやその目的)として考えられたほうが良いのではないか、という考えです。
働くことにとらわれるのではなく、自分の意思をもって働くことを選択する、そんな人が世の中に増えればもっと世の中良くなるのではないかと信じて、この考え方を新卒採用の手法に落とし込んでいます(後付け設定的ではありますが、その手法がある意味今まで掲げていた“顔の見える就職と採用”です。)
この本を読むまで、Work in Lifeを実現するには自己意識を強化して、Lifeの部分を大きくすることでWorkを内包させることばかり考えていましたが、もしかすると意図的にWorkを小さくすることでLifeに入るようにする、なんてこともできるのかもしれません。
※企画書から引用
こんなことを言っていると、「営業しているときと言っていることが違うじゃあないか」とお叱りをいただきそうで少し怖いのですが、これはあくまでバランスの話で合って、どちらか一方ではなく両方の考え方をもっていたほうが、よりいろんな人に寄り添えると思っているから言っています。
さて、ここまで読んでくださった方はきっと、“はたらく”ことに対して、何かしらのご意見、もしくは興味があるのではないかと思います。
良ければ一度このパフが掲げるWork in Lifeについては話してみませんか?
(思い出したかのような営業笑)
ぜひご連絡くださいませ。
追伸
結局大して父の話はしてないですね、ごめんなさい。