釘さんの100の出会い プロフィール
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  <第117話> 「住友スリーエムの永田さん(後編)」   2007/03/26  
 
前回に引き続き『自転車操業物語』より。

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2000年9月14日午前10時。

ボクと内定者のフルカワは、用賀駅の出口にいた。


「フルカワ!3M社はどっちだ!?」と語気を荒げて聞くボク。
「く、クギサキさん、こ、こっちです」と地図を片手に、指差すフルカワ。

「よし、走るぞ!」と、ボクとフルカワは、少しでも遅刻時間を挽回しよう と3M社に向かって走り出した。


9月の中旬とはいえ、この日は朝から天気がよく非常に暑かった。30度を超 える真夏日であった。

その炎天下、10分近く小走りを続けた。

しかし、3M社らしき建物はいっこうに見えてこない。それどころか、会社 街っぽくない、住宅地が広がっている。


「お、おい、フルカワ!ほんとにこっちなのか?道、間違ってないか?」

「え、そそんなことは…。ちょちょっと待ってください」と地図を横にした り逆さにしたりしながら、睨めっこしている。

「もういい、地図をよこせ!」と、ボクは地図をフルカワから取り上げた。


3M社の住所と、現在我々がいる場所の住所の表示と、地図を見比べた。

ボクは唖然とした。

「お、おい、フルカワ、ぜんぜん違うじゃねぇか!!3M社は駅から正反 対の場所だぞ!!!!」

すでに10時10分。駅から正反対の方向に、10分間走り続けていたのだ。アポ イント(約束)の時間は、午前10時。

これから、3M社に走って向かっても20分かかってしまう。30分の大遅刻だ。


「フルカワ…。初訪問でこんな大遅刻。きょうは商談にならん。ひたすらお 詫びだ。覚悟しろ。まずは電話だ!電話して、お詫びしろ!30分遅刻しても 会っていただけるか確認しろ!」

フルカワは顔面を真っ赤にしながら、3M社の担当者に電話した。


「く、クギサキさん。大丈夫です。会ってくださるそうです」

「そ、そうか。じゃあ、もうひとがんばり走るか…。もうこうなったらしょ うがない、行くぞ!」


あまりの自分たちの馬鹿さ加減に、もう怒りというよりも、呆れて笑いが出 てくるほどだった。

そして、午前10時半。約束の時間より30分遅れて、3M社に到着した。

受付で担当者の方を呼び出し、ボクとフルカワは、玄関脇にある椅子に腰掛 けて待った。

ボクはこの日、青いシャツを着ていたのだが、襟元が汗でグッショリ。すっ かり、濃紺に変色していた。

フルカワも化粧が剥がれ落ちるほどに、汗が顔から噴き出していた。

「フルカワ、担当者が出てきたら、まずは目一杯頭を下げてお詫びするぞ、 いいな!」

「は、はい……」。フルカワは、もう目が虚ろになっていた。


ほどなくして担当者が玄関ロビーに現れた。

縦にも横にも、ビッグ&ワイドな、ひとことでいえば「デカイ」人だった。

ボクとフルカワは、椅子から飛び上がり、

「約束の時間をこんなにも遅れてしまい、申し訳ございません!!」と、 そろって頭を下げた。

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以上、『自転車操業物語』からの引用がずいぶんと長くなってしまったが、こ の“縦にも横にも、ビッグ&ワイドな、ひとことでいえば「デカイ」人”が、 今回の主人公である、3M社の永田さんなのである。

初めての出会いは、この物語にもあるように、当時のパフの内定者との大遅刻 の訪問のときである。

しかし、初めて会った時から他人のような気がしなかった。妙に懐かしい気が したのだ。年齢は10歳以上も離れているのに(僕の方が年上)、幼馴染と再会 したような不思議な感覚だった。

その予感は的中し、なんと永田さんは初めて会ったこの日の夜に、パフの協賛 企業になるための申込みをしてくれた。カラダだけではなく、心も「デカイ」 人だったのだ。

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以来3年間、永田さんは3M社の採用担当者として、パフとお付き合いくださ った。特にパフの若い社員たちは皆、永田さんを兄貴のように慕っていた。永 田さんもパフの若い社員達と、本当の弟や妹のように接してくれた。本気で怒 ったり叱り飛ばしたりしてくれた。

永田さんを慕っていたのは、パフの社員だけではない。当時パフに協賛してく ださっていた他の企業の人事担当者の皆さんからも、たいへんな人気者だった。 いつも豪快で笑顔で楽天的で、そのくせ、とても謙虚で細やかな心遣いのでき る永田さんの人柄のなせるわざであろう。

そんな永田さんだったが、3年前、北米に営業マンとして転勤になってしまっ た。さすがグローバルなエクセレントカンパニー3Mだ。この逸材を日本だけ に留めておくのはもったいないと考えたのだろう。

しかし、北米に行ってしまった今でも、なぜかぜんぜん遠くに離れてしまって いる感じがしない。日本に帰国の際(年に1回くらいある)は必ず、パフに寄 ってくださるからだろうか。折に触れてメールや電話をくださるからだろうか。

いや、それよりなにより、いまでもパフのことを本気で心配してくださってい ることが僕にはよく分かるからだろう……。

初めて出会った7年前がとても懐かしい。「おそらくこの人とは死ぬまで付き 合うんだろうなあ…」。そう思わせてくれる数少ない出会いだった。

ということで76番目の出会いは、住友スリーエムの、かつての人事採用担当者 だった永田さんのお話しでした。
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