釘さんの100の出会い プロフィール
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  <第115話> 「日本マクドナルドの平本さん(後編)」   2007/03/12  
 
平本さんの話しから少しのあいだ脱線する。

西暦2000年夏。パフは初めての新卒者採用を行った。そして4名の大学4年生 の採用を決めた。

内定者たちは、8月1日よりパフで毎日働くことになった。パフの採用条件は、 「内定後ただちに営業マンとして働くこと」だったからだ。

内定者たちのミッションは、新規の取引企業を開拓すること。自ら企業の人事 部にアポイントの電話をかけ、営業訪問を繰り返し、取引のお願いをするのだ。

社長である僕でさえ、新規取引のための営業はなかなか難しい。そう簡単に契 約までこぎつけるものではない。

それを、まだ大学生である内定者にやらせていたわけだから、ずいぶんと無茶 なことを強いていたものだと我ながら思う。

内定者のなかにヨシカワという女性がいた。東京経済大学の4年生だ。8月1 日以降、ほとんど休まずに、ずーっと毎日出社し営業活動に励んでいたにもか かわらず、未だ一件も契約を取れずにいた。相当に焦っていたことと思う。

10月某日の出来事。

僕はマクドナルドの平本さんと、赤坂界隈で夜いっしょに一杯飲んでいた。

ほろ酔い加減になったころ、携帯電話がブルブル振動しはじめた。見るとヨシ カワからだった。

「ヨシカワ、どうしたの?」

「は、は、は、はい。クギサキさん。や、や、や、やったんです!」

「え?何がやったの?」

「と、とれたんです〜!」

「ん?」

「NA社が、パフの協賛企業になってくださるそうですぅぅぅ!!!!」

「お、おおおおおおぅ!!!良かったなー!今どこだ?」

「は、はい、いま駅に向かって走っているところです。これから事務所に戻り ます」

「よし、じゃオレもこれからすぐに帰るよ。祝勝会やんなきゃな♪」


ヨシカワが初受注を決めたという。傍にいた平本さんも僕とヨシカワの会話を 聞いていて「いやあ釘崎さん。おめでとうございます!よかったですね!」と 喜んでくださった。

そしてなんと平本さんも、ヨシカワの初受注を祝いたいと言ってくださり、当 時月島にあった事務所まで、僕と一緒に戻ってきてくれたのだ。

びっくりしたのはヨシカワのほうだ。まさかお客さんであるマクドナルドの人 事担当者が、自分の初受注祝いのために夜わざわざ駆けつけてくれるなんて思 ってもみなかったであろう。

平本さんは事務所に着くや否や、大きな手をヨシカワに差し出し「ヨシカワさ ん良かったね、おめでとう!!」と、祝福の握手をしてくださった。ヨシカワ にとっても忘れられない初受注のひとコマであったろう。


そんな出来事のあった半年後の2001年4月。ヨシカワは正式にパフに入社した。 そして正式に日本マクドナルドの営業担当者となった。

以来、平本さんはヨシカワに対して、懸命に人事のこと、採用のこと、マクド ナルドのこと、外食産業のことを教え込んでくださった。

また平本さんが発起人となり設立した「外食産業の人事同士の勉強会」にも、 ヨシカワを何度も呼んで下さり、多くの外食産業の人事の皆さんにパフとヨシ カワのことをご紹介くださった。パフがいまでも外食産業に名前をよく知られ ているのは、こんなことがあったからだ。


平本さんは現在では日本マクドナルドを離れ、他の企業の新規事業責任者とし て辣腕をふるっておられる。一方で、マクドナルド時代に平本さんが思いを込 めて推進していた「顔の見える採用」は、後任の方々がさらに大きな思いにし て広げている。もちろんパフもその一翼を担わせていただいている。

そういう意味でも、平本さんが残してくださったものは、とても大きかったん だなと感じている。

そうそう、そういえば平本さんといっしょに、ポールマッカートニーの来日コ ンサートを東京ドームに観にいったこともあった。たしか2002年の夏の出来事 だった。同業のS社のN部長といっしょに声を張り上げながら、レット・イッ ト・ビーを熱唱したことをよく覚えている。


・・・ということで、75番目の出会いは、日本マクドナルドの熱き(元)人事 担当者、平本薫さんでした。
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