自転車操業物語 プロフィール
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  第84話    「内定者の初受注」(前編)    
2000年9月14日(金)夜。


「Nさん、できれば今日中に、協賛の結論を出してもらえませんか?」

ボクと内定者フルカワは、SS社にこんな無謀なお願いをしてしまった。


SS社への訪問は、この日が初回。しかも30分の大遅刻。
…にもかかわらず、この厚かましいお願い。


大阪から「内定者研修」のために上京していたフルカワは、学校の授業の関
係で、翌日、大阪に帰らねばならなかった。

そのフルカワの内定者研修最後の日に、初受注をプレゼントしてあげたいと
思ってのSS社への無謀なお願いであったのだ。


夕方6時になった。SS社からの連絡はまだない。


「おい、フルカワ、なかなか連絡こないなぁ。電話してみろよ」


フルカワは、SS社に電話した。


「く、釘崎さん。まだ結論は出ないらしいです。
『結論が出たら、連絡するので待っててほしい』ということでした…」


「そうか…。待つしかないな」


夜8時になった。他の内定者も皆、そわそわしながら待っていた。


「おい、フルカワ。明日大阪に戻るのに、まだ何も部屋の片付けとか荷造り
とか出来てないんだろ?帰らなくて大丈夫なのか?」

「は、はい。もう少し待ってみます」


そんなやり取りをしていた矢先、不意に電話が鳴った。

「え、SS社だ!フルカワ、で・出ろ!」


「は・はい。パフでございます」。フルカワは、乾いた声で電話に出た。


「は、はい。は、はい。は、は、は、はい…」

フルカワは「はい」しか言わない。何のことだかさっぱりわからない。

しかし、最後のことばでわかった。


「え、ほ・ほ・ホントですか?ど、どうもありがとうございました!!」


SS社は、約束どおり、この日のうちに結論を出してくれた。
SS社に訪問して、まだ10時間も経っていない。まさに快挙だった。


後日、SS社のNさんに聞いた話だが、この日結論を出すために、相当な根
回しと骨折りをしたそうだ。この時Nさんは若干27歳(この時は、そんな
に若いだなんて、露とも思っていなかった)。

大手企業という環境の中で、しかも27歳という若さで、取引実績ゼロの会
社(パフ)に、即日契約の結論を出したNさん。恐るべきである。



翌日、フルカワは、大阪に帰っていった。

#フルカワは以降、パフのイベント開催の時など、1泊〜2泊程度で東京に
#来るのみだった。


このSS社の受注が、パフの内定者にとっての、実質的な初受注だった。

が、それから約1ヵ月後…。2社目の感動的な受注が、またしても突然、
訪れたのだった。


2社目の受注の主役は、いまやパフの「お局」として、体格的にも精神的に
も充実・成長している(でも、当時は初々しかった)ヨシカワアユだった。

(物語はやっと次の展開へ…つづく)

 
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