釘さんの100の出会い プロフィール
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  <第36話> 「夏休みと12万円のギター   2005/08/01  
 
大学3年生の夏休み。いまの時代ならばインターンシップだとか就職活動の準
備だとかで忙しい時期かもしれない。

しかし、当時の大学3年生で就職のことを考えているやつなんて、おそらく千
人にひとりもいなかったであろう。

もちろん僕も何にも考えずに夏休みの毎日を過ごしていた。僕の大学3年生の
夏休みというのは、いろんな経験をした期間だった。

まずはゼミ合宿。4日間ほど海のそばの旅館に缶詰になった。海水浴もしたが、
かなりの勉強をした記憶がある。悲しいかな勉強の中身は覚えていない。

児童館でのバイト。2週間連続で臨時職員をやらせてもらった。人形劇団の団
長をやっていた関係で、公演先の港区の芝児童館というところからの依頼。ほ
とんどボランティアに近い賃金での臨時職員だった。

一週間ふたり旅。ゼミの仲間で斉藤というやつがいた。当時、新車(ホンダの
シビック)を買ったばかりで、クルマで北陸旅行をしようという。なんで北陸
かというと、やつも僕も失恋したばかりで、「傷心旅行といえば日本海」とい
う短絡的な発想だった。新潟、富山、石川、福井、滋賀をクルマで回った。交
代で運転したのだが、この時の運転が僕にとって生涯の中で唯一の長距離ドラ
イバーとしての経験となった。

合宿や臨時職員や傷心旅行から帰ってくると、もう世の中は9月。でも、大学
やサークルが始まるまでには時間がある。はとバスのアルバイトはコンスタン
トに行っていたが、それでもまだ時間を持て余していた。

僕は突然、御茶ノ水の楽器店街に向かった。なにを思ったのかわからない。急
にギターを見たくなって足が御茶ノ水に向かったのだ。

僕が当時持っていたギターは、高校時代に、なけなしのお金で買った1万円ち
ょっとのギター(質流れ品)。音はあまり良くなかったが、苦楽を共にしてき
たギターで不満などはなかった。

しかし、僕は御茶ノ水のイシバシ楽器店で、なんと12万円のヤマハのギター
を買ってしまった。「俺は、これを今買わねばならないんだ!」という使命感
みたいな、否、強迫観念みたいなものがあったように思う。

バイトで貯めたお金や、大学の奨学金、育英会の奨学金、それからその月の生
活費をすべて使い果たして衝動買いしてしまった。いまだにこの時の僕の行動
は理解できない。

でも、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。信じられないくらい深みのある良い
音がするギターだった。僕はこのギターを使って、人形劇の新作の曲をいくつ
か創ることになる。自分では永遠の名曲だと思っている唄も、このギターから
生み出された。

ちなみに、この12万円のギターは24年経ったいまでも、僕の会社の座席の
後ろ側で、僕と一緒の空気を吸いながら暮らしている。

ということで29番目の出会いは、大学3年時の夏休みに衝動買いした12万
円のギターでした。
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